....未開人は、やむをえず一人で狩猟家やクラフトマン、建築家、医師などをかねていたのだが、今日のわれわれのは活動分野を拡げるよりも、特定化した単一の職業のみに没頭し、かくされた諸能力を顧みないでいる。
伝統と権威の力におびえている現代人、それは、もはや他の経験分野に入って、あえて危険を冒そうとはしない一種の専門職業家である。
他の分野での直接経験がなく、自信を失っている。すすんで自らの治療者になろうとせず、また自分の眼も信用しようとしない。
この専門家―強力な秘密結社のような―は、さまざまな経験への道をふさぎ、人間の生物学的存在からの必要を閉ざしている。
これはただ一つの職業を可能なかぎり伸ばすこと、つまり専門家化した能力の恒久化に主眼点が置かれているということだ。
その基準は「需要」である。
あるものが錠前屋とか弁護士、または建築家になる。そして修業と研究を終えた後、自分の職業分野、つまり専門家してしまった扇形図を拡げようと努めても、せいぜいよくて幸福な例外として扱われるにすぎない。
未来は全的人間を要求する
生産が、経済の基盤に立って行われているかぎり、こうした専門化はさけられない。
専門教育は全的人間がその生物学的機能によって発展する場合にのみ意義がある。
こうしたねらいを明らかにしない専門的研究、そのおびただしい文化―おとなの「特権」は、―ただ量的なものの獲得でしかない。
明敏な感情と、おだやかな教養をそなえた人たちだけが、複雑な必要条件を整え、生活のすべてを自由にすることができるだろう。
ラズロ・モホリ=ナギ『ニュー・ビジョン 』大森忠行訳 ダヴィッド社
"The New Vision" Lazlo Moholy Nagy
1928 fourth revised edition





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