あるとき、授業で学生たちに「人生には穴があくことがあるんですよ」と話したことがあります 。人生というステージに穴があくと、そこから隙間風が吹いてきて寒くなる。穴があるから歩くときは不自由になる。そこで私たちが第一に考えるのは、いやだなあと思うこと。次に考えるのは、何とかしてその穴をふさごうとすること。または穴があることを無視しようとすること。
ところが、とかく忘れがちなのは、穴があいたがゆえに、あくまでは見えなかったものをその穴から見ることなので、たとえば深い井戸の底に水がたまっていると、白昼でも、星影がそこに写るという、この事実を忘れないようにしましょうね、という話をしたことがあるのです。
私たちはとかく、穴があいてしまうと取り乱しますけれども、苦しみというものは通り過ぎてみ ると、案外、その苦しみがあってよかったというものになることがあります。63
苦しみの最中ににいると
苦しみはもうなくなって
ただ生きるということだけだった
(八木重吉)66
苦しみの最中にいると、苦しみにも価値があるとか、マイナスの価値をありがたいと思おうとか 、もうそんなことは考えられないです。苦しみはなくなってしまって、とにかく、あと一分生きよう、きょう一日を何とかして生きよう、あした生きられるかどうかわからないけれども、きょう一日をとにっかく生きてみようという、ただ生きるということだけだった。66(中略)
人生というのは一つの履歴書だと思っているのです。みなさま方が、いまの病院とか保健所とか にお勤めになるときに履歴書をお出しになったでしょう。学歴、職歴、または趣味とか資格とか 、そういうものを書き込んでお出しになったと思います。人生は確かにそういうものに織りなさ れておりますけれども、「人生」という一つの履歴書には、もう一つ、苦しみの歴史「苦歴」と いう欄があるのです。
一生の終わりに、私ども一人一人の履歴書を受け取ってくださる方は、学歴よりも職歴よりも、 まず苦歴と呼ばれるところに目を通してくださって「よく生きてきましたね」と言ってくださる と思うのです。(中略)人の目にはみえないかもしれないけれども、それを見てくださる方が必ずいらっしゃるのです。67
渡辺和子『現代の忘れもの』67 日本看護協会出版会
(本書は、昭和62年全国看護セミナーでの講演をもとに加筆・訂正したもの)





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