仏教の健康法というのは常識的で当たり前のことばかりです。特別な神秘的な方法は何もありません。こう書くと、何か宗教的な特別な方法を期待していた読者のみなさんはさぞかしがっかりされるかもしれませんが。
けれどもそこが仏教のいいところです。みなさんは宗教を誤解しています。何か普通ではないこと、科学的でないことを言うのが宗教だと思っているでしょう。しかしそれはおかしなことです。そうではなくて、本来、宗教というものは最も科学的であるべきなのです。科学者よりも、科学的に本質をついていかなければなりません。
...それでも病気になったときはどうすればいいでしょうか。...仏教では、「そのときはお医者さんのところに行きなさい」と言います。仏教ではお医者さんの仕事はきちんと認めているのです。
お釈迦さまは、神秘的になるな、迷信的になるな、ということをみなに教えるために、自分がケガをしたときにはお医者さんに診てもらいました。
ある時、お釈迦さまはダイバダッタというお坊さんに殺されかけて、足の指にケガをしました。そこでジーヴァカというお医者さん治療のやめにあわててやってきた。お釈迦さまは「ではお願いします」と診てもらいました。そのくらいのケガは放っておいても治まりますが、お釈迦さまはあえて、お医者さんに治療してもらったのです。
お釈迦さまのケガは一日で治ってしまいました。心が落ち着いていると、ケガなどはたちまちにうちに治ります。包丁でちょっと指を切ったりしたときなどは、あわてずに、ほんの少しだけ血を出して、明るい気持ちで一分ほど指を押さえておいてください。少しだけ血を出すのは、バイ菌が入らないようにするためです。これですぐに治ります。そんなことは奇蹟でもなんでもないのです。
いくらきちんと食べていても、明るい心でいても、インフルエンザのウィルスが体に入ることはあります。交通事故に遭うこともあります。そのときはきちんとお医者さんのところに行って、治療をしてもらえればいい。お祈りをしたり、逆に神さまを恨んだりしても、時間を無駄にして、病気が悪化するばかりです。さっさと病院に行ってお医者さんに診てもらってください(P69-70)
アルボムッレ・スマナサーラ『まさか「老病死に勝つ方法」があったとは ブッダが説く心と健康の因果法則 』サンガ
(*)タイトルはまずいがこのとおり本文は読みやすくしかも醒めている。スリランカ仏教と大乗仏教のいちばんの違いはこの飾りのない平明な、まんまな感じではないかとおもう





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