「ごろつき」や「無頼漢」などということばにも、折口信夫は敏感な反応をしめしている。いまの社会では、とかく負のイメージを負わされている「ごろつき」たちに、彼は共感にみちた眼差しを注ぐのである。「ごろつき」は石がごろごろと転がっているような(ローリング・ストーンズ)生き方を好む連中のことをさして言うが、折口によれば彼らは古代的な「まれびと」の思考を生き続けていた、寺社の神人や童子と呼ばれる下級宗教者の末裔として、広い意味での「貴種」に属する人々なのだ。
彼らはもともと共同体の生き方を好まない。共同体は人々の間に同質性を求める。それによって、共同体の内と外を見分け、微妙なやり方で異質なものを外に押し出してしまおうとしている。しかし、「まれびと」の思想は、そういう共同体に「外」から異質なものを結びつけ、共同体の人間だけでできた世界に、動物や植物や非人間的なものを導きいれようとしてきたのである。神人や童子のような宗教者は、人間と人間ならざるものとの境界を生きようとする人々として、自分自身が異質な力の集合体になってしまおうという、共同体からみたらまとこに不穏な生き方を選ぶことが多かった。
こういう人々は、精霊の息吹に直に触れているからこそ、「ごろつき」のような生き方、「無頼漢」としての生き方をすることになったのだ。職人や芸人たちも、それと同じ精神性を内面に抱えていた。...69-70
中沢新一『古代から来た未来人 折口信夫 』 ちくまプリマー新書





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