
時計屋さんというのものは、屋根のうえに時計台をもってしかるべきである。街ゆく人に時を告げてこそ時計屋というものである。ここ弘前では、おそらく明治三十年から、そういうことになっている。中土手町・一戸時計店がその証拠である。
「中土手町が変わります」の文字に不安がよぎる。「統一看板」によって失われるもの、無形の何かを手放すことになりはしないか。時にニンゲンは、もっとも大切なものほど、もっとも簡単に捨て去る。そして後悔する。
戦後の日本はずいぶんこういうことを繰り返してきたようにおもう。何でも新しいことが改良・開発だといわんばかりに、古い町並みを壊し続けてきた。ここ弘前でさえそうである
街並みというものは、いちど手放したらアンドゥはきかない。片道切符である。復路はない。





キンダー館白鳥、花邑、今泉書店、サトウスポーツもうないかな?
キンダー館白鳥・ぼくにとって夢の王国だった
花邑・紀伊国屋の参入で消えてしまった
ありがとうございます。