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一日という雑誌

われわれはめいめいそれほど違ったことをしているのではない。だれでも朝起きて、食事をして、仕事に出かけて、夜になれば寝る。読むものにしても、ほとんどの人が新聞を読んでいるが、その新聞も似たりよったりのものである。テレビになるとさらに変わりばえのしないものをみんなが見ている。

それなのに、個人によって、ものの見方、感じ方が大きく違ってる。生活を構成している要素そのものはあまり違わないのに、まとまった全体の結果はひどく違うのである。

われわれの人生は雑誌編集を思わせる。かりに、二人の編集者が同じ原稿をもとにしてそれぞれの雑誌を作るとしよう。相談しないかぎり、かならず違った誌面になる。同じ原稿を使っても、いかにもおもしろそうな目次づらになるかもしれないし、反対に、地味で見栄えのしない配列にするかもしれない。何をどのように並べると、ポアンティイスム(*)のような効果があらわれるか、理屈はわからなくても老練の編集者なら知っている。その勘がエディターシップである...


...われわれは毎日、自分の一日という雑誌を編集しているようなものである。部分のひとつひとつは外部から与えられたり、押しつけられたり、他人のものを借りたりしているのだが、それに順序をつけて、一日の中へ収めるエディターシップにおいては独創的であり、個性的でありうる。いかなる人も他人とまったく同じ一日を過ごすことはできない。

それが実り多き一日になるか、ただ夢のように消える一日になるかは、同じ材料を使ってもおいしい料理になるか、ならぬかが分かれるのによく似ている。

一日一日がひとつの雑誌であるばかりではなく、一月も一年もやはりそれぞれに雑誌である。われわれは一生かかって、きわめて複雑で大きな雑誌を編集しているのだともいうことができる、自分では何ひとつ新しいことをしなかったと思っても、知らず知らず人生を編集することで、りっぱな創造をしている。こういう創造をしていない人はいない。ただ、それに気付いているかどうかである。

本を読んですぐれた思想や新しい知識に触れる。それをわがものにして、日常に生かしていく。一見まったく模倣のように見えるかもしれないが、これも目に見えない二次的創造、エディターシップである。われわれは自覚しないところでずいぶん創造的なのである。

外山滋比古『知的創造のヒント』P191-193 講談社現代新書

(*)印象派の画家が使う点描画法のこと。異なった色どうしを近接させると、互いに引き立て合って独特の光彩をはなつ

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