ぼくが異界というものにはじめて遭遇した場所。木彫りの観音像や地蔵菩薩の群れは、幼少のぼくに亜空間にひきずりこまれるような、後戻りできない恐怖を植えつけた。
在俗信者の寄進によるこれらの仏像は、本来は御利益や慈悲を祈願してのものであろう。しかし時がたつにつれてニンゲン側の勝手な思い入れなど風化していき、残るのはただ、異様な空間のみである。
この場所に足を踏み入れると日常の意識、自己というものが否応なしに異化されていく。
(弘前市長勝寺)

ぼくが異界というものにはじめて遭遇した場所。木彫りの観音像や地蔵菩薩の群れは、幼少のぼくに亜空間にひきずりこまれるような、後戻りできない恐怖を植えつけた。
在俗信者の寄進によるこれらの仏像は、本来は御利益や慈悲を祈願してのものであろう。しかし時がたつにつれてニンゲン側の勝手な思い入れなど風化していき、残るのはただ、異様な空間のみである。
この場所に足を踏み入れると日常の意識、自己というものが否応なしに異化されていく。
(弘前市長勝寺)


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