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百か日をおえて

姉の百か日と父の命日も終わってああ今年も5月になったなとおもいます。

姉のことはまだ実感がなくて、ずっとまえから離れて暮らしてきたから電話とか手紙が来なくなっただけでいまでもどこかにいる気がしてまったく現実がありません。

「外国にいると思えばいいんだよ」と父の仏壇のまえでイトコが言った。

生きてる人でも疎遠になって、会って話したり電話したりがなくなると死人と何にもかわらない。

ちかごろ誰が生きてて誰が死んだのかよくわからなくなってきた。自分の生き死にもたまによくよく考えて、鏡をのぞいたりして心許ありません。

だって部屋をグルリ見わたすと死人だらけだもの。死人の書きものを読み、死人のレコをきいて死人の思想に感じいっている。テレビには毎日死人が映っている。

だから清志郎が死んだときいても、まるで実感がないんだ。だって清志郎の声は毎日聴いているもの。

もし死んでもブログの更新だけはできるとしたら、誰もぼくが死んだことに気がつかないかもしれない。

自分のなかで毎日話しかけてる人だって、生き死にをいったらもうゴチャマゼで、そこには何の別もなくて、もしかすると生死というものは生物にとってまったく認知不可能で、たんにわかった気になっているだけなんじゃないかともおもう。

いや畢竟、生死には別がないのかもしれない。少なくともぼくの臨死体験はそういうものだった。あっちもこっちも何にも変わらないんだ。

現実を認めろとか過去を振り向くなとかよくいうけど、実は現実のほうこそ甚だ心許ないということを死はよく伝えてくれる。死にもし意味をもたせるとしたら、ぼくはこれを選ぶ。

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