自分だけ携帯をもつのも後ろめたいので母にも持たせることにした。老老介護状態のnarajin家では、おたがいどこで生き倒れするかわかったもんじゃないからだ。
といってもほとんどの用件は
「ほっけが80円だけど買っておぐが」
だの
「いま肉屋だけどコロッケ食うが1個60円」
だのである。電話が鳴っても耳が遠いし、気づいても受話するのにまたモタモタするので留守電ばかり増えている。
しかし「ホワイト家族24」だから「家族間通話が24時間無料」と店員からきいた母はもう
「そろそろ降りできて豚汁つくってけねが?」
だの、家屋内通話につかいまくっている。「無料」ときいたときの母の眼光は、じつの息子であっても硬直するほど鋭いものであった。
しかし「無料」ときいて心はときめいてもやはり今時のモノには不慣れならしく操作にいちいち挫折している。使い方をたずねるのにもいちいち電話してくるからかなりうっとおしい。
「画面が暗くてみえねんだけども、どせばいいんだべの?」
「フタっこ閉じれば時計も消えるんだが?」
「この本さ更紗織の写真あるべ? これ画面さできねんだが?」
ぼくも携帯が苦手でいままで逃避して生きてきたものだから、いちいちわからない。マニュアルも読んでみたが日本語がおかしくてさっぱりわからない。
「新しいケータイ買ったんだって?」
ちょうどよく姪っ子がやってきた。携帯を手わたすとぼくの数百倍のスピードで各種設定をすいすい完遂していった。
「おばあちゃん、短縮もでぎるよ、1押せば...、2押せば...」
「ただともプログラム申しこみ終わったよ」
「わしはiPhoneにしたんだよ」
といって手わたすと、アイコンがずらりと並んだ画面をみて
「キモチワルー」
と、にべもない。じぶんはiPhoneをなんてクールなんだと満悦していたのであったが、女の子にとってはただの重くて黒いキモチワルイ板なんである。
姪っ子はdocomoである。親二人はソフトバンクである。
「なんでソフトバンクにしながったの? 家族間無料になるんでねが?」
「だって絵文字ダセーもん」
とこれまたバッサリである。
さらにゲーム機のごとくメールをガンガン打ちこんでいくわが姪っ子のすがたを見てこれはもうぜったいにぼくにはできないと確信した。それいらい携帯で長文を打てるようになろうなどという野望はいっさい捨てた。
フルイ ニンゲン デ ゴザイマス カラ





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