「ソー・ホワット」(マイルス・デイビス)
モード・ジャズ
大谷:いわゆるアウト・フレーズ...コードからアウトしていくフレーズっていうものもこの時期から少しずつ、たとえばモダンででてきたと思うんですけど、そのあたりはエヴァンスはまあきれいにまとめていくので意識されないと思うんですけれども、フリーのちょっとまえの、たとえばモードからはじまるアウト・フレーズのようなものは、山下さんが意識しはじめたのは...
山下:やはりマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」ですね。あの最初のすごい遅いヤツ(注:「So What」)。「なんだろうこれは」「これがモードだ」とかいって、みんなで一生懸命きいたんですけど。ぼくはね、いまだにモード・ジャズってあんまり好きじゃない。幅がせまくて、こんな決められた音階でなぜやんなきゃいけなんだと真っ先にくるんですね。
坂本:そうだよね。すぐつっきっちゃいそうな感じだけどね。
大谷:実際すぐつっきっちゃうんですよね。
坂本:でしょ。だからアウトしていくわけでしょ。結局どっちから行っても同じになっちゃうって気がするんだよね。
山下:だからモードがね、フリー・ジャズの母体になったっていう考えかたがあるよね。それをずっとわかんなかったんです。あんな退屈で何もしちゃいけないものがなぜフリー・ジャズと結びつくんだろうと。そしたら菊池理論で、っていうか大谷理論なのかもしれないけど、あまりにコード進行によるスリルを求められないから、リズムがその役割をしはじめ、メロディーもモードの考えを拡大して、センタートーン的な考え方になっていったんだという...そんなとこですか?
大谷:はい。モード構成する音はいちおう7音というかたちに決められているんですが、モーダル・インターチェンジ的にも、各音一個のたとえば、ドリアンだったらDさえあえば上に変化してもどってくればいいんだっていうような形で...
山下:あ、それだったらバッチリ。いまぼくのやってることだ(笑)。ブルース理論と結びつくわけで。もどってきさえすればいいんだっていう。
大谷:作曲の段階でウェイン・ショーターも六十年代頭くらいに、モードが変化していくというっていう曲を書くと、じゃあどれでもいいんじゃないかっていう、モードのインターチェンジには理屈がつけられないところが多いんで...
山下:コード進行みたいに四度でいけというんじゃないもんね。ポーンといきなり...
大谷:横にズレるっていう形になっちゃう...
坂本:そうするとさ、ある一小節だか、ある決められた何小節だかさ、あるモードにしたがって次に変化するっていう必要もないでしょ。ほとんどフリーに近いじゃないですか。
山下:なるほど。そう考えていけばフリージャズに近づいてくるのか。
大谷:そのときに多分ピアノ的な発想のなかで、モードをコードにインバージョンさせるというか、モードもいちおうコードで押さえられますよね。コード進行的にきれいなんだけど上はモードがチェンジしているっていうような、コーダル・モーダルっていうかたちで...
坂本:最初にでた、上はブルーズで、下は西洋音楽の機能和声みたいなものでっていうところに非常に近く...
大谷:近いところに一周して、またこの時期にすごくハービー・ハンコックとかビル・エヴァンスとか作曲に...考えるとモードのチェンジなんだけれども、上にコードネームを振ると、コードでもきれいにつながっていくというような...すごくきれいにできた完成品。たとえば「MAIDEN VOYAGE」とか。それをビーバッパーのヒトが吹くと、「えっこれってバップみたいに吹いてるけど、なんかちがうな」ってなる。sus4なんじゃないの?っていう。sus4じゃなくて、実はモード的な響きなんだっていうようなのが、この時期ぐらいか、もうちょっと後ぐらいからできていく方向があって...それでフリーのほうに行くとコルトレーンが、モードの上に何のせてもいいんだったら、ギャーッとでものせられるんだろう、物ガシャンって壊すのもだって、モードの上にのせられるよと拡大していく方向の、やっぱりコード進行から離れるということでは2種類やりかたがあったかなと...
坂本:なるほどなるほど。コード進行を忘れていいという一点で、突破口開いた。
大谷:突破口開いて、じゃあ何トッピングしてもいいんだっていうときに、(坂本:コードらしくするやつとか)もあって、あとコードらしくない絶叫系でもっていう。





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