...郊外の庭つき一戸建てに、ネクタイを締めた白人サラリーマンの夫。最新式の設備をそろえた広いキッチンで手作りのマフィンを焼く専業主婦の妻の周りには可愛らしい三人の子どもたちが走り回り、その足元には毛の長いふかふかの大型犬が眠り込んでいる。広い居間にはゆったりできる大型ソファが置かれ、窓の外に広がる緑色の芝生にはスプリンクラーの水しぶきがきらきらと光っている光景...(P12)
...第三七代大統領であるリチャード・ニクソンはこれをアメリカの理想とし、また、冷戦時代において旧ソ連より優位に立つ象徴であると考えた。...
だが、企業と高額所得者から税金を多く集め、その所得を教育や医療、福祉制度によって中間層に再分配するという政策はやがて不況におけるインフレを招き、それを打開するための新自由主義が登場したことで、アメリカの中流階級の基盤は大きく揺らぐことになる。
福祉重視政策だったニクソン大統領と対照的に、第四十代ロナルド・レーガン大統領は効率重視の市場主義を基盤にした政策を次々に打ち出し、アメリカ社会を大きく変えていった。目的は、大企業の競争力を高めることで経済を上向かせること。そのために企業に対する規制を撤廃・緩和し、法人税を下げ、労働者側に厳しい政策を許し社会保障を削減する。
その結果、安価な海外諸国の労働力に負けた国内の製造業はみるみるうちに力を失い、労働者たちは続々と失業者となった。中間層が貧困層に転がり落ち、代わりに主流となったサービス業(金融、IT、コンサルティングなど)が一部のエリート層で事足りる性質であったことから、国内の所得格差が急激に広がっていった。(P13-P14)
2001年四月。ブッシュ政権の第一予算管理局長であるミッチ・ダニエルは連邦予算審議会のテーブルにおいてこう発言した。
「われわれ政府のシゴトとは、国民にサービスを提供することではなく、効率よく金が回るようなシステムを作り上げることだ」(P41)
ブッシュ政権成立の年から貧困率はさらに上昇し、第一期の四年間で増加した貧困者の数が全米で約590万人にのぼる一方で、ウォールストリートのCEOたちは50億円を超えるようなボーナスを、石油メジャー会社のCEOは400億円を軽く超える退職金を受け取り、格差は広がる一方だ。(P30)
ジョージ・ブッシュ政権は2007年度、六億5600万ドルの無料食料援助予算削減を実施、この結果約四万人の児童が無料給食プログラムから外された。(P23)
ブッシュ政権が打ち出した、2009年までに保育援助資格を有する低所得家庭のうち三十万世帯を保証範囲から削除する「保育援助基金の5年にわたる凍結」は、今後さらに国内の貧困児童を急増させ...(P14)
堤未果 『ルポ 貧困大国アメリカ 』 岩波新書





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