...人びとは老人を厄介者として扱い、能率主義の現代では、本来はとっくに捨てられている存在であるのに、お情けで面倒を見てやるものと考えている。
老人ホームなどでの、老人への対応が、まるで自分では何もできない弱者である子ども扱いであり、頭から不能者ときめつけている態度に、私はいらだちと憤りを覚えることがある。...
しかし、これには、老人のほうにも原因があるように思われる。「二度童(にどわらべ)の館」というようなところに収容されているお年寄りたちは、老賢人どころか、あまりにもぼけてしまい、いわゆる恍惚の世界をさまよっていて、一般の社会に生きている成人たちに迷惑かけどおしになっている。...
なぜ老人は、ただ身体的だけでなく、精神的にも弱くなってしまうのだろうか。人間には寿命があって、その寿命に近づくと、急速に身体的にも精神的にも衰えるというのはわかるが、これらの老人は寿命が切れかかっているとも思えない。あきらかに、老人性の心理的な病気にかかり、症状をあらわしているとしか思えない。
...想像力の枯渇した老人は、ただ死を待つより他はない。しかし、本来は、老人こそ、溢れるような想像力の持ち主であるべきだろう。
老人が一家の語り部であり、炉端の物語の中心人物であったのは、そんなに昔のことではない。今日でも、優れた物語作家は、しばしば老人であることが多い。...
現代の老人が、自らの場を失い、虚しく生きた自分の人生を悔いて、死んでも死にきれず、理性の抑制が弱まるとともに、あまりにも見苦しい老醜を人前にさらけだすことさえあるのは、悲惨である。...
秋山さと子『ユングの心理学 』 講談社現代新書





はじめまして、樋口と申します。
数ヶ月前からたまに拝見させていただいております。たまにではありますが、そのたびに何かしら感動させられます。今日は老人のイメージが、自己の将来像も含めて変わりました。なにかとても軽くなった気がします。
ちょうど、看護士の友人が療養型の病院へ就職したのでこの記事を見せようと思います。
文章を書くのがへたですが、また投稿すると思いますので、よろしくお願いいたします。
樋口さんこんにちは。
ご投稿くださりありがとうございます。
ご期待にそえるかどうかわかりませんが、意識があるうちは想うところを書きつらねてまいりたいとおもいますのでよろしくおねがいします。
なかなかレスできないありさまですが、記事そのものがレスということでおゆるしください。
またのご投稿を楽しみにしております。