あれは夏の終わりか秋に入ったころだった。その時期のニューヨークは天気がとてもよかったの。敷地の中には、わたしたちも滅多に足を踏み入れない場所があった。家族の誰かが来たときは、そこに泊まってもらっていたの。やがて、そこにジョンがこもるようになったのね。食べ物を少し持って、頭の中に鳴っている音楽を塾考していたのよ。
アリスはジョン・ジュニアと、最初の結婚でもうけた4歳のミシェルの育児に追われていた。そんなところに突然コルトレーンが戻ってきて--普段は音楽のことで頭が一杯なのに--いつもとは別人のように楽天的に振る舞ったのだ。
モーゼが山から下りてきたようだった。とても神々しかったわ。喜びに浸っているような、平穏な顔つきでゆっくりと近づいてきたの。その姿を見て、わたしはこう言ったわ。何があったのか話して。4〜5日も会っていなかったじゃない...。
彼はこう答えたわ。
レコーディングしたい音楽のすべてが頭に浮かんだんだ。こんな体験は初めてだよ。それも組曲なんだから。すべてが頭に浮かぶなんて、これまでになかった。すべてが、もう出来上がっているんだ。
コルトレーンが4楽章からなる組曲をスタジオに持ちこんだのは、それから3カ月後のことである。その曲には『至上の愛』というタイトルがつけられていた。
「A LOVE Supreme」ライナーノーツより
私は「芸術」を信奉しない男だ。その意味で私はアーティストではない。私が私が生まれる前に存在した音楽というものならある程度信じる。その意味で多分私自身はミュージシャンとはいえない。私は人生を信じない。しかしこの問題を本当に深く考えた人なら同じ結論に達するであろう。
私は自分で創造できる男だとは思わない。しかし創造への道は目指しているつもりである。私は創造の神を信ずる。事実このCDの演奏は、私という媒体を通じて、創造の神から届けられたものである。なし得る限り、俗塵の介入を防ぎ、純粋度を保ったつもりでである。こうした作業をした私は何と呼ばれるべきであろうか。創造の神が私を何と呼んでくださったか、私はおぼえていないのである。(キース・ジャレット)
「The Köln Concert」ライナーノーツより





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