記事のカテゴリ:

 

平均律はぜんぶ不協和音

電子ピアノの優れ機能
まだ東京にいたころ友人が電子ピアノを買うというのでお伴したことがあった。そのときしきりと感心したのは、どの機種も古典調律(ピタゴラス音律、中全音律、不等分律)にワンタッチで切り替えできるところである。西洋音楽は時代ごとにさまざまな調律法を開発してきた。それを手軽に弾き比べできるどころか、曲の途中で調律をチェンジするという離れ業だって難なくできてしまう。コンサート・グランドには絶対できない芸当だ。MIDIで作られた音にはどこかのっぺりした印象があるけど、ここらへんには素直に感心した。

この曲どちらの方が心地よく感じますか?
MIDIによる調律法聴きくらべのページ

楽器だけでなく、バロック〜古典派の楽曲を古典調律でプレイしたCDがフツーに買えることもあって、聴く側の選択肢もずいぶん広がった。しかしコンサート・ホールではいまだ平均律が支配的なんじゃないか。

平均律を嫌ったモーツァルト

walter.jpgワルター・ピアノ(Anton Walter, 1808~10年)。モーツァルト、ベートーヴェンはワルター製のフォルテピアノを使用していた
浜松市楽器博物館
もともと完全平均律は19世紀前半からぼちぼち使われ出したもので、西洋音楽の長い歴史のなかにおいては新顔といってよい。これを示す例として、19世紀後半に生きたマーラー(Gustav Mahler, 1860年7月7日 - 1911年5月18日)でさえこの調律法の普及をおおいに嘆いていたという事実をあげれば十分であろう。どうやら平均律普及の背景には当時の大衆的要請が大きくものをいったようである。

...19世紀に入ってピアノ音楽が発展し、ピアノ技巧が発達すると、それまであまり使われなかった、調号(シャープ、フラット)の数の多い調が積極的に使用されるようになった。調号の多い調は、黒鍵を頻繁に使用するため、運指の上では有利なのである

...19世紀半ば以降、ピアノが家庭に普及する一方で、弦の張力が増し、調律師でなくては弦を留めるピンをおいそれとは調整できなくなると、とりあえずどのような調での演奏にも対応できる完全平均律での調律が要請されるようになったことも、この調律法の採用に拍車を掛けたものと思われる。

...完全平均律では、完全五度の音程のみならず、長三度の音程も純正音程とならないため、中全音律や、不等分律の醸し出す純正な響きなど求むべくもない(*)が、フェルト製ハンマーを持ったピアノが普及し始めた19世紀の半ば以降の時代にあっては、その点はあまり問題にならなかった。フェルト製ハンマーのピアノの場合、そもそも音があまりクリアーでないからである。

(*)モーツァルトは三歳の時からクラヴィーアで三度の音程をまさぐり、その音程を探し出してはその諧音に身を委ねて喜んでいたというが、純正音程であれば幼児でも身を委ねたくなるほど生理的な快感が得られる。完全平均律で調律された楽器ではこうした生理的な快感は求むべくもない

笠原潔『西洋音楽の歴史』P223 放送大学教育振興会

モーツァルトが成人して後も平均律を嫌悪したというのはこうした幼児体験によるものかもしれない。しかしショパンも中全音律に生涯こだわったというし、ベートーヴェン、シューベルトにしても同様である。だから彼らの曲を平均律で弾かねばならぬ理屈はない。

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」はどうなの、というと原題は「Das Wohltemperierte Klavier」とあるから、その名の通り「いい具合に調律されたクラヴィーア曲集」となる。当時の「いい具合」とは不等分律や中全律であっても、平均律でないことは明らかだ。つまり邦題は過去の誤訳を引きずっているだけであって、いいかげん改訳すべきであろう。

月光-春-ワルター・ピアノと弦によるベートーヴェンの輝き-浜松市楽器博物館コレクションシリーズ 
ベートーヴェン-ピアノ協奏曲-室内楽稿-浜松市楽器博物館コレクションシリーズ 

濁っていてはダメかしら
じゃあ完全平均律のピアノが生理的に気持ち悪いかというと、そんなことはないというのが人間の耳の面白いところである。清酒もいいが、濁酒も旨いというのと似ている気がする。というか、広く世界に目を向けてみると音楽にもいろんな酒精がありすぎて純正律でも平均律でも旨ければいいじゃないかといいたくなる。

バリ島のガムラン音楽では、同じパートの楽器間でわざとチューニングを数ヘルツずらしているらしい。そうすると音に「うなり」が発生し、これがビブラートをかけたような効果になっていい具合にコクのある音をつくりだす。

Vangelisの音楽書法
beauborg.jpg映画「ブレードランナー」や「炎のランナー」などのサントラで著名なギリシアの音楽家・ヴァンゲリスはあれだけプロフェッショナルな仕事をしておきながら驚くべきことに楽譜の読み書きができないらしい。なるほど彼の音楽には楽譜にとらわれない天衣無縫さがある。おそらく彼にとって調律の優劣なんてのはションベンみたいな小事にすぎないのであろう。

音とは生きもののようなもので、そのつど姿態を変えていく。どのピッチが適切かは野性で弾きわけていく。とくに70年代アナログ・シンセ時代の問題作「Beauborg - 霊感の館  」は彼の作品中いちばん誤解されたというか、あまりに自由奔放すぎてリスナーがついていけなかった。あれはどう考えても楽譜に起こすのは不可能だ。

「霊感の館」で多用したシンセ「YAMAHA-CS80」をいじっているところ。


>

古典音律で弾くピアニスト
調律師・森一夫さんのWEBサイト古典調律とピアノ演奏で挙げている演奏家リストをみて驚いた。ルービンシュタイン、内田 光子、キーシン、バックハウスと、ビッグネームがずらりと並んでいる。このサイトは他にも古典調律で弾く「平均律クラヴィーア曲集」やショパンの「24のプレリュード」の各調ごとの解説があってほんとうに勉強になった。ちかごろのショパン・コン実は古典調律だってのは本当なんだろうか。ユンディ・リーとかそうだったのか? じゃあピアノもいっそスタインウェイやKAWAIじゃなくてブレイエルにしたらどうか。

ノクターン~ショパンの愛したプレイエル・ピアノ [浜松市楽器博物館コレクションシリーズ10]  
ポーランド国立ショパン協会のレーベル

今まで聴いていて何にもわからなかったけど、これからは調律にも注意してラヴェルとか聴いてみたいなと思う。いっぱいCDほしい。Amazonに出品しなくちゃ。

COPY AND DESTROY

就職先さえおぼつかないこの時代、今の若いヒトは「自分らしさを大切に」などとメディアから脅迫されてまったく...

「ジャズとは何か」抜き書き09

バッハはパーカーに似てる 坂本:こういうメロディーの作りかたって、クラシックには全然ないじゃない。おもし...

「ジャズとは何か」抜き書き02

ぜんぶ託せる芸術形式 山下:でも一方では、これは文学ですか、絵画ですか、というのと同じでね、そこに自分の...

Bach=何GB?

Bachはぜんぶで何ギガバイトか。 ためしにiTunesで調べてみた。 ----------------...
 

レコメン魂

  • Kamikaze 1989
  • Pinnacles
  • 80年代TDサウンドの核 PPG
  • Exit
  • Hyperborea
  • FAMILIAR COMPUTING WORLD
  • EGGレコード抜き書き
  • Ignacio
  • Bruits et Temps Analogues