
いつものようにNHK-FM「バロックの森」を寝ぼけまなこで聴いていたらとんでもないチェンバロ演奏が耳に飛びこんできた。
番組表を見るとそれはスカルラッティの「ソナタニ短調」で、演奏者はスコット・ロス(Scott Ross)。急いで調べてみるとこの人はチェンバロ界のグレン・グールドというべきたいへんな鬼才であることがわかった。
...1971 年、スコットはブリュージュへと戻ってきた。彼の身なりはコンサートホールの中にどよめきを巻き起こす。すなわち、彼はジーンズを履き、肩までとどく長髪を見せつけたのであった...
『未完の運命 --スコット・ロス伝--』ミシェル・E・プルー著 Scott Ross礼賛より引用
これはスコット・ロスがブリュージュ国際チェンバロ・コンクールにおいて文句なしの優勝を勝ち得たときのエピソードである。しかも彼は全ての曲を暗譜で弾き切ったのであった。当時のコメントがまたふるっている。
このコンクールで優勝してもただの一つの仕事も取れなかった。僕にはコンサートひとつの依頼だって来なかったよ。1年後に驚異的なことに気付いた。まるっきりの無駄骨だったのさ。きっと奴らには自分自身の存在価値だって分かりっこ無いぜ!(同サイトより)
ロスは1989年に38歳の若さで惜しくも亡くなっている(死因はエイズだった)が、その短い生涯のあいだにスカルラッティのソナタ全555曲 (34枚組!)の録音という前人未踏の大偉業を成し遂げている。今後100年くらいは誰にもマネできない仕事だと思う。
彼の弾くバッハも素晴らしいが、スカルラッティのほうがより生き生きとしている。ベルトコンベアでぐいぐい運ばれていくようなドライヴ感。ミリセカンド単位まで左手と同期するトリルなど、いったい彼のほかに誰がマネできるだろうか。打ち込みのように精緻ながら人力ならではのグルーヴに溢れているところなど、かのスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンあたりを彷彿とさせる。古楽評論家の濱田滋郎さんは「呼吸するリズム感」とライナーに書いているが、自分がチェンバロ楽曲に追い求めていた究極の姿にやっと巡り会えた気分だ。
スカルラッティは同工異曲の退屈な作品ばかりだと思っていたが、ロスの洗浄作業によってやっと三百年前の光沢を取り戻したかのようだ。これを聴くと従来のモダンピアノによる演奏がいかに原曲の良さを潰してきたか暴露されるというものである(平均律でバロックをやること自体そもそも間違っていたのだ)。ここらへんはテレマンを蘇生したムジカ・アンティクワ・ケルン の仕事を思いだす。
彼はよくグレン・グールドと並び称されるが、ロスの演奏には彼のようにエキセントリックな印象がない。聴き手と曲との間に常に演奏家が割って入るような、目障りなところがまったくないのである。(グールドの弾くブラームス は全然違いますけど。こないだNHK「知るを楽しむ」で坂本龍一さんが「演奏旅行に必ずもっていく一枚」と語っていて思わず小膝を叩いた。)
それにしても日本における知名度は哀しいほど低い。かくゆう自分も今まで知らなかったのでとやかくいう資格はないけれども、彼の国内盤はほとんど廃盤のままで、輸入盤も入手困難なものが多い。唯一「スカルラッティ ソナタ選集 」が廉価で入手できるのが救いか。私も500円で購入した。これからは反省もこめてちょっとずつ買いそろえていこうと思う(バッハのSACDオルガン全集18枚組を注文したばかりなんだけどね)。
iTMSにロスの
バッハ作品集があったのでぜひ聴いてみてほしい。
Good Bye ピノック! Good Bye グールド!(ブラームス以外)





ロスのスカルラッティー全集を初めて目の当たりにしたのはレコードライブラリーだったかなぁ?凄まじく惹かれたのですが、流石に手が出ませんでした。
廃盤になっているんですね。然も有りなん。
当時すでに故人だったんですね。