昭和22年、当時49歳の大工・掛塚留吉にとって決定的な出会いが訪れた。九州各地に88か所霊場を建立せんとする仙人・古賀観清に、彼は、観音堂を1つ建てることを依頼されたのだ。場所は、熊本の秘境・五家荘。そこにはすでに、仙人の作った夢見観音像が野ざらしのまま置かれていた。その観音像を見たときに、掛塚は霊縁を感じ、観音堂建立を自らの仕事と確信したという。
山奥の五家荘から離島まで、彼の、一人ぼっちの運搬がはじまった。港までほぼ60キロの行程を、引き下ろすのに8か月はかかる。観音像を特製の大八車にのせて、雑草、かん木をなぎ倒しての難作業であった。
そして古賀仙人と出会ってから10年目にして、ようやく本格的な建築段階に入った。もはや、この時点で、彼の塊は、執念に懸かれていたのだ。全財産をなげうって土地を購人、築材を集め着工しはじめるが、3年後、完成を目前にして、五島列島を襲った集虫豪雨のため、観音堂は大破する。
挫折から再起へ。今度は木製ではなくコンクリートで造りはじめた。すでに鉄筋を買う余裕もなく、クズ鉄や針金を何重にもたばねて芯にする作業の日々......。生活は貧窮をきわめ、近くの病院の善意にすがって食事をし、住むのも観音像の脇に建てたトタン小屋住まい。そのころの彼の精神状態はいかばがりだったろう。
そして昭和60年の秋、列島を直撃した台風により、再度、御堂は崩壊。それでも90歳近くなった老人は、建築をやめなかった。瓦礫の山の上で、ひとり、鼻をすすりあげ、小便をもらしながら石塊を引きずる姿は、まさに鬼気迫るものがあったという。すでに、観音像は瓦礫の下に埋まり、どこにあるかもしれない状態であるのに。現在、その掛塚老人の姿を瓦礫の上に見ることはない。彼はその後、衰弱し亡くなったということである。そして、その壮絶な人生を受け継ぐ者もなく、御堂は放置されたままとなっている。
この悲話にもまた、建築がみずから浄土空間と化そうとしたという、不思議な意思のようなものを感じることができないだろうか。
「異形の建築ミステリー大図鑑」1989.8 学研『ムー』No105
※観音像の前に立つのは留吉の若き日の姿であろうか。朝日新聞で「奇想遺産 」の連載をやってますが、「掛塚聖堂」こそぜひ掲載してほしい。フェルディナン・シュヴァルの「理想宮」と哀しく対をなす、この忘却された聖堂こそ、電子空間に永遠に記しておかねばなるまい。





comment:1981 1月9日 朝日新聞?連載の 花いちもんめ 8に書かれた本件の記事コピーを持っています。1966 年?ごろ父と従兄と3人で国見岳登山した時に樅木で観音像のあった跡地を見,残してあった飾り模様(唐草模様だと思います)の力強い彫刻を見ました(写真があるかもしれません)。観音像が福江に移動したことを知り,見たいと思っていました(いつでも行けると思いながら,今日まで45年経ってしまいました)。今日, 2010. 7. 26 思いついてGoogle で「西海夢見観音」をキーワードにして探しましたが該当が無く,やっと貴投稿を見つけて,観音像と掛塚留吉氏(棟梁)の悲運を知り,愕然としています。「忘却された聖堂こそ、電子空間に永遠に記しておかねばなるまい」。掛塚留吉棟梁と古賀観清師の物語は完結したわけでなく,進行中なのでしょう。観音像はいつの日か再び地上に現れると考えています。偉業は,人間や人の意思や所業,そして人の繋がりや運命など多くのことについて示唆していると思います(お二人の運命は「誰か」によって定められていたものと考えるべきでしょう)。Gaudi の聖堂にも通じる重要な聖堂,聖地だと思います。観音像は,仏像というよりは人像のように見えます。私の想像と全く違っていました。何もかも,夢のようで,呆然としています。(著者様の事も本サイトのことも調べずに夢中で書いています:このまま登校させていただきます)。
誤植訂正:「登校」は「投稿」です。
宮川さんこんにちは。
みつけてくれてありがとうございます。
自分も掛塚聖堂を検索しまして、あまりの情報の少なさに愕然とした思い出があり、これは何としても紹介せねばと。
おしゃるとおり、多くの人がこの神話に気づいたとき、観音像は自ずから姿を現す気がします。人の力を超えたものの集積回路として
Narajin 様
宮川です
ご返事をいただきうれしく思いました。ありがとうございました。
故郷,熊本県坂本町の西福寺ご住職に掛塚聖堂と黒田観清師(樅木で見た跡地に建っていた観音像の作者とNarajinさんが書かれている)を紹介いたしました。西福寺には,人吉相良藩に対する「隠れ念仏」の貴重な文献他が残されています。
こちらも,人間と信仰について考えさせてくれます。 敬具
はじめまして。大変興味があります。先日、五島の亡きばあちゃんの家へ行き一冊の本を見つけました。今井美佐子さんの「遥かなる約束」というものです。直接取材されていますのでもう少し詳細な文章があり面白いのではないでしょうか?
しかし五島には残念ながらこの物件はありませんでした。
今井美佐子さんの「遥かなる約束」、ぜひ読んでみたいです。どうすれば入手できますか?
アマゾンにて一冊みつけましたがプレミア付いてか12222円でした。留吉が今井さんだけにあかした経緯や仙人がなぜ村を追われる羽目になったのか?・・・・・上の2番目の写真なんかは留吉の大の理解者(当時福江市長)じゃないでしょうか?
私もこの件につきまして大変興味を持っております。京都に住んでおります。もし、お近くでしたらお貸しいたしますが?
青森県ですので、ちょっと厳しいですね。アマゾンで検索できなかったんですが、タイトルと著者名をは今井美佐子の「遥かなる約束」で間違いありませんでしょうか?
すみません。「今井美沙子」さんです。
五島出身の作家さんです。絶対必見だと思います。
他の著書にこのような記事もありました。五島にはこの当時奇怪な人が多かったらしく、継母が自分の連れ子(次男)に財産を相続させようと長男を部屋に監禁食事をあたえず餓死させようとしたところなかなか死なないので熱湯を浴びせ殺害させた事件があったそうです。
つづき
その事件を遺憾に思ったハンコ屋の住人の一人が私財をなげうって素人劇団を作ってこの事件を再現し五島中の施設や学校をまわったそうである。クライマックスの熱湯をかけるシーンでは興奮した客が小石を投げるというようなあったそうです。