...ところで、英語でDiYカルチャーというときに、最初に思い出されるのは、パンクロックです。
パンク。若い人は興味あるのかなあ?
...じつはこのパンクロックはDiYを思想として考える上で,とてもたいせつな文化運動だったのです。
パンクが始まった70年代後半は、初期の熱狂が終わって、ロックが巨大なビジネスとして確立されていく時代でした。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」なんかが、はやっていた時代ですね。プログレバンドがたくさんお金と時間をかけて大作を録音して。ビートルズは解散しちゃっていたし。もうあらかたロックの実験は終わっていたころです。
パンクがすごかったのは、ロックが最初のころのスピリッツを失って産業に取り込まれようとした瞬間に、音楽を自分たちの手に取りかえそうとしたことです。要するに、ロックは「聴く」もんじゃなく「ヤる」もんだと。ギターなんてそんなひけなくてもカッコいい音楽ができるってことを認識させたことがパンクの新しさだったのです。
けれども、このDiY精神は、音楽だけで完結したものではありませんでした。パンクがもうひとつ面白かったのは、彼らの音楽は当時メジャーなレコード会社には「商品」とはみなされなかったので、じぶんたち自身でレコード会社をつくって、録音からプレス、流通までなんとかやろうとしたことです。いまでいうところのインディーズですね。
インディペンデントなレコード会社は、それまでにも存在しました。とくにブルースをはじめとするブラックミュージックの世界では、数多くのインディペンデントなレーベルがありました。でも、その多くは音楽産業が発展する中でメジャーの影にかくれて見えなくなりつつありました。パンクは、そんな時代に生産から流通、消費にいたるまで世の中のしくみとまったくちがう別の経済を作ろうとしたのです。そして、このことは、音楽だけではなくファッションなどのライフスタイルと深く結びついていました。
今では、残念なことにパンクロックもまたほかの商品文化と同じように、その多くはメインストリームの経済に取り込まれてしまっています。けれども、こんにちの文化をみると、パンクが目指したようなDiY的な運動が、いつのまにかいろんなところに広がっているのがわかります。とくにコンピュータやインターネットの世界ではブログやネットラジオなどDiY文化が、花開いています。リナックスのように、これまでのコンピュータの市場経済とはまったくちがった発想で開発されているOSなんかもようやく一般化してきました。
それだけではありません。音楽の自主レーベルや雑誌、リサイクルショップやレイブパーティなど、この日本でも、DiY的な、大きな資本や会社のちからに頼らずにじぶんたちだけで、なにか文化をつくっていこうという動きは、ずいぶん見られるようになっています。
DiYは、この十年のあいだに新しい文化現象として復活してきたのです。
毛利嘉孝「はじめてのDiY」週刊少年タケシ





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