大学時代の友だち二人が見舞いに来るというので、
「近現代の管弦楽を何かもってきてくれ」とリクエストしておいた。
シェーンベルグ、伊福部、ストラヴィンスキー、バルトーク、アイヴス...と、蒼々たるメンツをそろえてきてくれた(新古典主義好きってのがバレてた?)のだが、なかでもバルトーク「管弦楽のための協奏曲」の解説に興味深い一節を発見した。
1940年10月、ナチのユダヤ人弾圧から逃れるためついに祖国をはなれたバルトークは、コロンビア大学で民俗音楽の研究に従事するようになるが、ニューヨークの聴衆はかれの作品を厳しく拒絶し、やがてはその研究の仕事さえも失ってしまう。加えて患っていた白血病も悪化し、42年の末には「もう作曲家としての生涯は実質的には終わったのだ」と語ったほどであった。そこへクーセヴィツキー生誕70周年を記念する作品の委嘱が持ち込まれる。バルトークの身の上を心配する同郷のシゲティやライナーが、クーセヴィツキーを動かしたのである。バルトークはそれに《管弦楽のための協奏曲》をもって応える...
バルトークは白血病だった--私はこの解説を前にも読んでいる。それなのに、この事実をすっかり忘れていた。いや、自分も同じ病気にならなかったら、おそらく一生読み飛ばしていたかもしれぬ。
バルトークが初演の際に記したプログラム・ノートによれば、「この作品全体の雰囲気は、第1楽章の"厳粛"、第3楽章の"悲しい死の歌"から、第5楽章での"生の主張"へ、漸進的に推移していくものである」。
この作品は、まるでヘンリ・ライクロフトのごとく「生涯は終わったのだ」と語った彼が、もういちど生への意欲をとりもどすまでの精神変容を、交響曲風の古典的な五楽章形式に写像してみせたものではなかったか。アメリカに亡命した作曲家の作品は、いきおい私小説的な色彩を帯びるというが、バルトークのばあいは、それが「内的自己の死と復活」という、心理学的にも興味深い作風としてあらわれた。
1,3,5楽章をそれぞれ、神谷美恵子の『生きがいについて』になぞらえていうならば、
生きがいを奪いさるもの
生きがい喪失者の世界
現世への戻りかた
となるだろう。ここではくわしく触れないが、神谷の分析は、白血病の宣告を受けたものにとっても実に納得のいく組み立てであることを書き添えておく。
《協奏曲》ののち、ここでの「生の主張」で力を得たかのように、バルトークは亡くなるまでの2年間に《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》(1944)、《ピアノ協奏曲第三番》《ヴィオラ協奏曲》(1945)に着手するのであった...
《ピアノ協奏曲》は、極貧にあった彼を支え続けた最愛の妻、ディッタに捧げるはずであったが、最後の17小節を未完のまま彼は永眠した。《ヴィオラ協奏曲》は、草稿段階の譜面しか残されておらず、モーツァルトの《レクイエム》と同様に今でもさまざまな補筆作業が試みられている。
●聴いてみたいCD(バルトークお買得セレクション)
弦・打楽器とチェレスタのための音楽、ディヴェルティメント アーノンクール&ヨーロッパ室内管
バルトークの自筆譜に残されていた楽器配置の再現を試みている。
管弦楽曲集 イヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管弦楽団(3CD)
初期〜中期のめずらしい作品が聴ける。彼の全作品を踏破したい人向けか。かゆいところに手が届くCD。
管弦楽ための協奏曲、2台のピアノと打楽器のための協奏曲、他 オラモ&フィンランド放送響、カルッカイネン、ユンパネン(p)
室内楽《2台のピアノ〜》のオケ・ヴァージョンが聴ける。
ヴァイオリン協奏曲第2番、コントラスツ、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、他 コルシア(vn)オラモ&バーミンガム市響、ポルタル(cl)、他(2CD)
協奏曲だけでなく、無伴奏ソナタもしっかりフォローしているところがうれしい。
同じく白血病で亡くなったピアニスト、ディヌ・リパッティによるバルトークが聴ける。





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