●心の「金縛り」
・自分の好きな人や、同僚に愛情を込めて話しかけたいのに、それができない。
・おはよう、おつかれさま、の一言がいえない。
・興味ある企画に取組みことができない。
・セックスをしないでいるが、本当はしたくてしたくてたまらない。
・休日など、一日中家のなかにいて、くよくよ考え込む。
・うしろめたさにひっかかって、スポーツを楽しめない。
・魅力的だと思う人に自己紹介ができない。
・ちょっとしたジェスチャーを示せばその人との関係がうまくいくとわかっているのに、話しかけることを避けている。
・何か悩みがあって眠れない。
・腹が立ってハッキリものが考えられない。
・好きな人に面と向かってひどいことを言ってしまう。
・過度に神経質になって、思うように活動できない。
・意図しないのに顔がひきつってしまう。
●言葉の端々にひそむ自己嫌悪
・人からほめられたとき賛辞を避ける(「いえ、私なんか」「本当に頭なんて良くありません。運がよかっただけでしょう」)。
・弁解する(「美容師の腕がいいの。あの人ならヒキガエルだってきれいにしてやるでしょう。」「馬子にも衣装ね」「緑が似合うだけよ」)。
・相手のセンスを疑ったり、自分をうれしがらせようというつもりに違いないと考えたりする。手柄を他人のせいにする(「マイケルのおかげだ。彼がいなければ私なんか何もできない」「仕事は全部マリーがやったのです。私はただそばにいて指図しただけです」)。
・意見をいうとき他人に代弁させた話し方をする(「主人がいうには...」「母の感じ方だと...」「ジョージがいつも私にいうんだけど......」)。
・誰かの賛成を強調する(「まちがっていないでしょう、ねえ」「私、そういったでしょう。そうじゃない、マーサ?」「主人にきいてごらんなさい。彼だってきっとそういうわ」)。
・日常生活で花や酒が好きなのに、贅沢だという理由でよせつけない。ほしいものを注文しない。お金の余裕がないわけでもないのに(表向きの理由はそうだとしても)、自分には分不相応だと思ってしまう。
・犠牲になる必要はないのに、自分のものを買わずに、他の人に買ってあげなければいけないと考える。
・人が大勢いる部屋で、誰かが「おい、そこのばか!」とどなったりすると、振り向いてしまう。
ウェイン・ダイアー『自分のための人生』





読んでいて「?」となるような記述が・・・
・人からほめられたとき賛辞を避ける(「いえ、私なんか」「本当に頭なんて良くありません。運がよかっただけでしょう」)。
・相手のセンスを疑ったり、自分をうれしがらせようというつもりに違いないと考えたりする。手柄を他人のせいにする(「マイケルのおかげだ。彼がいなければ私なんか何もできない」「仕事は全部マリーがやったのです。私はただそばにいて指図しただけです」)。
この二点は、我々日本人からすれば独り善がりにならず、自分の成功を謙虚に感謝する美徳として誇れるものだ思うのですが、これもダイアーに言わせれば「錯信帯」として自己嫌悪にカテゴライズされるのですね。