...ところが、六週間目に突然兄が病気になった。もっとも、兄は普段から健康ではなかった、華奢で弱々しく、肺病に罹(かか)りやすそうな体格であった。背は決して低くなかったが、痩せてひょろひょろしていた。しかし、顔立ちは整って上品であった。はじめは風でも引いたのだろう位に思っていたが、医師は来て見るとすぐ母に耳打ちし、急性の肺病だからこの春一杯もたないかもしれぬ、と囁いた。母は泣き出した。...
『ねぇ、先生、まだ一日くらいこの世に生きていられるでしょうか?』と冗談をいうことがあった。
『一日どころか、まだ幾日も幾日も生きていられます。』と医者は答える。『まだまだ幾月も幾年も生きていられますよ』
『一たい年がなんです、月がなんです?』と兄は叫ぶ。
『何も日にちなぞ数えることはないんじゃありませんか。人間が幸福を知り尽くすためには、一日だけでもたくさんですよ。ねえ、皆さん、僕たちは喧嘩をしたり、互いに自慢しあったり、人から受けた侮辱をいつまでも憶えていたりしていますが、それよりかいっそ庭へ出て散歩したりふざけたりして、互いに愛しあい讃めあって、接吻したらいいじゃありませんか。自分らの生活を祝福したらいいじゃありませんか。』
『あの人は、お宅の息子さんは、この世に住むべき人じゃありませんよ。』母が玄関まで見送りに出たとき、医師はそういった。『あれは病気のために精神錯乱に陥られたのです。』(*)
ドストエーフスキイ作 米川正夫訳『カラマーゾフの兄弟』p157-158 岩波文庫
(*)聖フランチェスコを思い出した。彼もまた「愛の狂人」と呼ばれ、この世をあまりに愛するがゆえに、この世に属すことができなかったのである。





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