身体的または知的活動への傾注の程度に関して、やや歪められた態度を表す二つの言葉がある。アマチュアとディレッタントである。今日では、これらのレッテルは若干軽蔑的に用いられる。アマチュアとディレッタントは、平均に満たない人、あまり真剣には相手にされない人、業績がプロの標準に及ばない人とされる。
しかし元来、ラテン語の動詞amare「愛する」に由来する「アマチュア」は、自分のなすことを愛する人を意味していた。同様にラテン語のdelectare「……に喜びを見いだす」に由来する「ディレッタント」は与えられた仕事を楽しむ人を意味した。
...これらの二つの言葉の運命以上に、経験の価値に対する我々の態度の変化を明瞭に示すものはない。アマチュアの詩人であること、ディレッタントな科学者であることが尊敬された時代があった。それはこのような生活に従事することによって生活の質が向上することを意味していたからである。しかししだいに、主観的状態よりも行為への評価が強調されるようになった。尊敬されるものは経験の質より成功であり、達成され、成就されたものの質である。その結果...ディレッタントと呼ばれることに羞恥が感じられるようになったのである。
M.チクセントミハイ著 今村浩明訳『フロー体験 喜びの現象学』p175 世界思想社





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