ソロンが幸福なひとを描いて、次のようなひとだとなしているのも、おもうに、適切である。いわく、外的なものをほどほどに給せられ、自らもって最もうるわしきことがらとなすところを行い、節度ある仕方でその生涯を送った人----実際、ほどほどのものを所有しておれば、まさになすべきところをなしうるのである。アナクサゴラスもまた、幸福なひととは富者や覇者であるとは考えなかったように思われる。彼は、幸福なひとが世人の目には何となく奇妙な人間として映ったとしても自分は驚かないだろうといっている。けだし、世人は外的なことがらにしか気づかず、それによってものごとを判断するものなのだからである。かくして、これらの智者の見解も、われわれの論議に一致するごとくである。
アリストテレス 『ニコマコス倫理学(下) 』p181 岩波文庫





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